東京タワー

このところ、オダギリジョーばかり見ている。見る側が頭の切り替えに困るくらいだ。

以下、ネタバレ。

オカンの若い時の人って樹木希林のムスメさんなのね。知りませんでした。

都合のいい話。母親は常に主人公を全面的に支援してくれて、主人公は思い出した時に親孝行して、その後は7年かまわずにおいて、その後は看病するんだけどそれほど長引かずに終わって、通夜に仕事の締め切りが来るんだけれどそれも生き残った主人公の仕事の実績を上げる方向でこなせちゃう、と。

併せて、主人公にダブって見えるリリー・フランキーにとって、お笑いな仕事というのは生きるための手段であって、という言い訳も何となく感じちゃう。主人公がリリー・フランキーそのものでない、という言い訳は当然成立すべきものであるけれど、ダブって見える効果は十分期待されているんじゃないかと思う。

もちろん、都合の良い話が悪い訳じゃなっくて、おとぎ話、いい話として楽しめばいいじゃん、と考えればよいのであって、そうすることができない僕こそひねくれているよ、と。見る者に、親との付き合いがこの映画くらいアッサリしていればいいのにな、という気持ちの存在を気付かせてしまう皮肉のこもった映画とも考えられそうだし。

実際、僕はそういう気持ちを見透かされるようで、なおかつ「映画みたいにうまくいくわけないじゃん」という心の声にも脅かされて、生きた心地がしなかった、というのは言い過ぎか。